令和の再生工場、原辰徳監督

Tokyo Dome

コロナ禍の中、約3か月遅れで開幕したNPBで巨人が好調な滑り出しを見せている。(7月29日現在32試合20勝10敗2引き分けで2位ヤクルトに3.5ゲーム差の首位)シーズンに入ってからの、主に楽天を相手としたトレード劇や、若手選手の抜擢など、原辰徳監督の手腕を称える声が大きい。

史上最悪のドラフト1位と呼ばれた男

楽天から獲得したウイラー、高梨が今や巨人に欠かせない選手として活躍しているばかりか、「もう終わった」と思われた中島がレギュラー格で出場し続け、それに相応しい活躍を見せているのは印象的である。

そんな中で、俺としては「NPBのブラマヨ吉田」こと、桜井俊貴投手の存在を取り上げたい。

桜井投手は2015年に単独1位で指名された選手。巨人からの「単独1位指名」と言うのは実に重みがある事で、ある意味ではスターへの約束手形みたいなものでもある。

ところがこの桜井投手はルーキーイヤーに肘の故障をするとその後は泣かず飛ばずで、背番号も21番→36番→35番と毎年の様に変わる始末。

そして、伝説となっている、あの「事件」が起きてしまう。

東大相手に7失点

2016年の8月に三軍が行った東大との交流戦に先発した桜井投手。

東大と言えば、東京六大学で勝ち点はおろか、年に何勝出来るのかが話題となるくらいの弱小チームであり、いかに故障明けの調整登板と言えども、学生相手に投げるプロの投手として、それもドラフト1位で指名されたくらいの投手であればゼロ封が当然と言う相手。

ところがこの日の桜井投手の成績は6回を被安打11の失点7、自責点4と言う信じられない内容で降板している。

当時の様子を報じる東京スポーツの紙面が相当辛辣な記事となっているのは致し方ないだろう。

巨人には、以前にもドラフト1位の投手を上手く育てられなかった「実績」がある。現日本ハムの村田透(2007年ドラフト1位。一軍登板が無いまま入団僅か3年で自由契約、米球界を経て日本ハムへ入団)と2005年の辻内崇伸である。(一軍登板なしで引退)

桜井投手も、この路線を行くものと思われた。

まさかの抜擢とローテーション入り

この桜井投手を見事プロの投手として作り直したのが原辰徳監督である。

背番号が現在の35番に変更になった2019年シーズン、5月に中継ぎ登板果たしプロ初勝利を挙げると、その後の交流戦では先発陣に定着。その後、終盤にはやや息切れしたものの大エース菅野と最多勝を挙げてメジャーへ移籍する事になる山口に次ぐシーズン8勝を挙げて見事プロとしての頭角を現したシーズンとなった。

桜井投手の何が原監督の琴線に触れたのかは分からないが、兎にも角にも、見事な「再生」を果たした桜井投手は今年2020年シーズンもローテーションの一角を守っている。もはや後が無い桜井投手は、その登板時に見せる表情が実に鬼気にに迫っており、おとなしい巨人の投手陣の中では際立っていた。そんなところに原監督は何かを見出したのかも知れない。

スカウト陣の責任問題まで発展した、と言う「東大事件」を考えると、現在の桜井投手の活躍は奇跡と言っても良いだろう。

そんな原監督でさえ再生が厳しい選手とは…

他球団からの移籍組を再生させたり、戦力外通告を受けた選手を育成で獲得して再生し、上原、菅野が付けていた背番号19を与えるところまで引き上げたりなど、かつて故・野村克也監督が「野村再生工場」と呼ばれていたのにも勝るとも劣らない手腕を見せている原辰徳監督。

そんな原監督でさえ思うに行かない「大器」が、2010年ドラフト1位澤村拓一投手である。

ルーキーイヤーに先発として二桁勝利を挙げて新人王に輝いたり、クローザーに転向した後には37セーブを挙げてセーブ王のタイトルを獲得したりと、その潜在能力を発揮しているとも言えるが、如何せん安定感が無い。

原監督のコメントの節々に、澤村投手に対する「配慮」が感じられるのだが、そんな事を知ってか知らずか、当の本人は2軍に落ちるなど未だ迷走中の様だ。

投稿者: スタジオスモーキー カルロス

2013年12月から開始したポッドキャスト番組「スタジオスモーキー」のブログです。 音声では伝えきれないコンテンツを公開して行きます。

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